お金に執着しない人になりたいとき「お金のかからない楽しみ」を持てばお金に振り回されなくなる!孔子の対策を紹介
気づくと、いつもお金のことを考えている。
残高を何度も確かめたり、少しの出費にもいらいらしたりして、お金に縛られている自分に疲れてしまう。
そんなふうに、お金に執着しない人になりたいと思うことはありませんか?
お金に執着しない人になりたいときは、「お金のかからない楽しみ」を持つことで、お金に振り回されなくなります。
なぜなら、お金に執着してしまうのは、楽しみや安心のほとんどを、お金で手に入れようとしているから。
実はこの考え方、約2500年前の中国の古典『論語』に書かれているもの。
孔子は、粗末な食事でも楽しみはその中にあると語り、弟子の顔回の貧しくても楽しそうな暮らしをほめていました。
その言葉が、お金に振り回されない生き方を見つける大きなヒントになります。
この記事を読むとわかること
- お金に執着してしまう理由
- 『論語』に書かれた、孔子と弟子・顔回のお金との向き合い方
- 「お金のかからない楽しみ」を持って、お金に振り回されなくなる方法
この記事を読めば、お金を大切にしながらも、お金に縛られずに毎日を楽しめるようになります。
お金に執着してしまうのは、楽しみや安心をお金だけで手に入れようとしているから

お金を大切に思うことは、悪いことではありません。
暮らしを守るために、お金のことをきちんと考えるのは大切なことです。
ただ、お金のことが頭から離れなくなるのは、楽しみや安心のほとんどを、お金に頼っているからかもしれません。
お金でしか楽しみや安心を得られないと、お金が減ることが、そのまま不安につながってしまうのです。
ここでは、お金に執着してしまう理由を見ていきます。
楽しみのほとんどに、お金がかかっている
ふだんの楽しみを振り返ると、その多くにお金がかかっています。
・休日の楽しみは、買い物や外食
・疲れたときのごほうびは、好きなものを買うこと
・ストレスがたまると、ついネットで注文してしまう
楽しみのほとんどにお金がかかっていると、お金が減るたびに、楽しみも減るように感じます。
だから、お金のことが気になって仕方なくなってしまうのです。
お金が「安心」の代わりになっている
お金に執着してしまうもう1つの理由は、お金が安心の代わりになっていることです。
・貯金が減ると、急に落ち着かなくなる
・いくら貯めても、まだ足りない気がする
・お金を使うことに、罪悪感を覚えてしまう
お金でしか安心を感じられないと、いくらあっても、心から安心することはできません。
安心を求めて、お金のことばかり考えるようになってしまうのです。
では、お金に振り回されないためには、どうすればいいのか。
そのヒントが、約2500年前の『論語』の、孔子と弟子の言葉の中にあります。
論語に学ぶ|楽しみは、お金の多さではなく暮らしの中にある

『論語』は、約2500年前の中国の思想家・孔子と、その弟子たちの言葉をまとめた本です。
孔子は、お金そのものを否定していたわけではありません。
「富と貴きとは、是れ人の欲する所なり」、つまり、お金や地位は誰もが欲しがるものだ、とも語っています(里仁篇)。
そのうえで孔子は、楽しみはお金の多さで決まるものではない、と考えていました。
ここでは、孔子と弟子・顔回の、お金との向き合い方を紹介します。
「疏食を飯い、水を飲み、肱を曲げて之を枕とす。楽しみ亦其の中に在り」
孔子は、自分の暮らしについて、こう語っています(述而篇)。
> 疏食を飯い、水を飲み、肱を曲げて之を枕とす。楽しみ亦其の中に在り。不義にして富み且つ貴きは、我に於いて浮雲の如し。
今の言葉にすると、こういう意味です。
粗末なごはんを食べ、水を飲み、ひじを曲げて枕にして眠る。
そんな暮らしの中にも、楽しみはある。
正しくない方法で手に入れたお金や地位は、私にとっては空に浮かぶ雲のようなものだ。
孔子にとって、楽しみは、お金をかけて手に入れるものではありませんでした。
質素な暮らしの中にも、楽しみはちゃんとあると考えていたのです。
孔子は、貧しくても楽しそうに暮らす弟子・顔回をほめた
孔子は、いちばん信頼していた弟子・顔回について、こう語っています(雍也篇)。
> 賢なるかな回や。一箪の食、一瓢の飲、陋巷に在り。人は其の憂いに堪えず、回や其の楽しみを改めず。賢なるかな回や。
顔回は、竹の器1杯のごはんと、ひさごの器1杯の飲み物だけで、狭い路地裏に暮らしていた。
ほかの人なら、その苦しさに耐えられないだろう。
でも顔回は、学ぶ楽しみを変えることがなかった。
なんとすばらしい人物だろう、という意味です。
顔回は、お金がなくても、学ぶことに楽しみを見つけていました。
お金のかからない楽しみを持っていたからこそ、貧しさに心を乱されなかったのです。
ここからは、孔子と顔回の生き方を、お金に振り回されないための手順にして紹介していきます。
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お金に執着しない人になりたいとき「お金のかからない楽しみ」を持てばお金に振り回されなくなる

お金に振り回されないために必要なのは、お金を使わないように我慢することではありません。
お金をかけなくても楽しめることを、暮らしの中に持っておくことです。
お金のかからない楽しみがあれば、お金が減っても、楽しみまで減ることはありません。
それでは、4つの手順に分けて紹介します。
手順1:お金を使わずに楽しかったことを思い出す
まず、これまでに、お金を使わずに楽しかったことを思い出して書き出します。
・子どもの頃、夢中になって絵を描いていた
・友人と、何時間もただ話していた
・近所を散歩していて、きれいな花を見つけた
お金を使わなくても、心から楽しかった時間は、きっとあるはずです。
思い出したことは、どんなに小さなことでも書き出しておきます。
手順2:その中から、今もできる楽しみを1つ選ぶ
書き出したことの中から、今の暮らしでもできる楽しみを1つ選びます。
・絵を描くのが好きだった → 鉛筆とノートで、身の回りのものを描いてみる
・人と話すのが好きだった → 友人に電話をして、ゆっくり話す
・散歩が好きだった → 休日の朝に、近所を30分歩く
顔回にとっての学ぶことのように、お金をかけずに夢中になれることを選びます。
手順3:週に1回、その楽しみの時間を作る
選んだ楽しみを、週に1回、実際にやってみます。
・土曜日の朝は、散歩の時間にする
・日曜日の夜は、本を読む時間にする
・水曜日の夜は、絵を描く時間にする
時間を決めておくと、続けやすくなります。
楽しみの時間が習慣になると、お金を使う楽しみに頼る気持ちが、少しずつ小さくなっていきます。
手順4:お金を使いたくなったら、その楽しみを先にやってみる
買い物や外食で気晴らしをしたくなったら、先にお金のかからない楽しみをやってみます。
・ネットで何か買いたくなったら、先に15分散歩してみる
・ストレスで外食したくなったら、先に友人に電話してみる
先にやってみると、お金を使わなくても気持ちが落ち着くことに気づけます。
それでも欲しいものがあれば、そのときは気持ちよく使えばいいのです。
お金と上手に付き合うための、孔子のもう1つの考え方

お金のかからない楽しみを持っても、お金が大切であることに変わりはありません。
お金に執着しないことは、お金をいらないものと考えることではないのです。
孔子は、お金をどう手に入れるかについても、はっきりとした考えを持っていました。
ここでは、お金と上手に付き合うための、孔子の考え方を紹介します。
「其の道を以て之を得ざれば、処らざるなり」
孔子は、お金や地位について、こう語っています(里仁篇)。
> 富と貴きとは、是れ人の欲する所なり。其の道を以て之を得ざれば、処らざるなり。
お金や地位は、誰もが欲しがるものだ。
でも、正しい方法で手に入れたものでなければ、私はそこにとどまらない、という意味です。
孔子は、お金を欲しがることを、恥ずかしいことだとは言っていません。
大切なのは、お金をどう手に入れるか、そしてお金のために自分の正しさを手放さないことです。
お金を大切にしながらも、お金のために無理をしない。
それこそが、お金に執着しない人の、お金との付き合い方なのです。
まとめ:お金に執着しない人になりたいときは「お金のかからない楽しみ」を持ってみよう!

最後に、この記事のポイントをまとめます。
お金に執着してしまうのは、楽しみや安心をお金だけで手に入れようとしているから
楽しみのほとんどにお金がかかっていると、お金が減るたびに、楽しみも減るように感じます。
お金が安心の代わりになっていると、いくらあっても心から安心できません。
孔子は「粗末な暮らしの中にも楽しみはある」と語り、貧しくても学びを楽しむ顔回をほめた
孔子は、お金そのものを否定してはいませんでした。
そのうえで、楽しみはお金の多さで決まるものではないと考えていたのです。
お金を使わずに楽しかったことを思い出し、週に1回、その楽しみの時間を作る
お金を使わずに楽しかったことを思い出す。
その中から、今もできる楽しみを1つ選ぶ。
週に1回、その楽しみの時間を作る。
お金を使いたくなったら、その楽しみを先にやってみる。
お金は大切なものですが、楽しみのすべてではありません。
あなたが、お金に振り回されることなく、自分らしい楽しみを見つけて過ごせることを、心から応援しています。
同じようにお金に悩むときに役立つ記事です。


『論語』を読んでみたいあなたへ
この記事で紹介した言葉は、どれも『論語』に収められています。
全文を訳した、訳者の違う2冊があります。
参考文献
- 『論語』述而篇「飯疏食,飮水,曲肱而枕之,樂亦在其中矣。不義而富且貴,於我如浮雲」、雍也篇「賢哉回也!一簞食,一瓢飮,在陋巷,人不堪其憂,回也不改其樂」、里仁篇「富與貴,是人之所欲也,不以其道得之,不處也」(原文:Wikisource「論語(漢文叢書)」https://ja.wikisource.org/wiki/論語_(漢文叢書))
