頑張っても評価されないとき「評価する人を知る」ことで腐らずに続けられる!論語の対策を紹介
毎日、誰よりも頑張っているつもりなのに、なぜか評価されない。
同じくらい働いている人が先に認められていくのを見て、心の中がもやもやする。
「もう頑張っても意味がないのかな」と、投げ出したくなることはありませんか?
頑張っても評価されないときは、「評価する人が何を大事にしているか」を知ることで、腐らずに頑張り続けられます。
なぜなら、評価されない原因の多くは、頑張りの向きと、評価する人の見ている場所がずれていることにあるから。
実はこの考え方、約2500年前の中国の古典『論語』に書かれているもの。
孔子は、人に認められないことを嘆くより、自分が人を知らないことを気にかけなさい、と弟子たちに語っていました。
その言葉が、評価されずに腐りそうなときの、大きな支えになります。
この記事を読むとわかること
- 頑張っても評価されない理由
- 『論語』に書かれた、人に認められないときの心の持ち方
- 「評価する人を知る」ことで、頑張りを評価につなげる方法
この記事を読めば、評価されないもやもやから抜け出し、もう一度前向きに頑張れるようになります。
頑張っても評価されないのは、頑張りと評価する人の見ている場所がずれているから

頑張っているのに評価されないと、自分のどこが足りないのかと考えてしまいます。
でも、評価されないのは、決してあなたの頑張りが足りないからではありません。
評価は、評価する人の目を通して決まるもの。
頑張りの向きと、評価する人が見ている場所がずれていると、どれだけ頑張っても評価にはつながりにくいのです。
ここでは、頑張りと評価がずれてしまう理由を見ていきます。
頑張りが、評価する人に見えていない
評価する人が、あなたの仕事のすべてを見ているとは限りません。
・見えないところで、トラブルを防いでいる
・誰かの仕事を、黙って手伝っている
・時間をかけて、丁寧に準備をしている
こうした頑張りは、とても大切なものです。
ただ、評価する人の目に届いていなければ、評価の対象にはなりにくいのです。
評価する人が大事にしていることと、頑張りの向きが違う
もう1つよくあるのが、頑張りの向きと、評価する人が大事にしていることが違うケースです。
・自分は丁寧さを大事にしているが、上司はスピードを大事にしている
・自分は量をこなしているが、上司は新しい提案を求めている
・自分は1人で仕上げているが、上司はチームで動くことを望んでいる
どちらが正しいということではありません。
向きがずれていると、頑張りがそのまま評価に結びつかないのです。
そして、評価されない日が続くと、だんだん「頑張っても意味がない」と腐ってしまいそうになります。
そんな気持ちとどう向き合えばいいのか、その答えが約2500年前の『論語』に書かれています。
論語に学ぶ|孔子は「人に知られないこと」より「人を知らないこと」を気にかけた

『論語』は、約2500年前の中国の思想家・孔子と、その弟子たちの言葉をまとめた本です。
その『論語』には、人に認められないときの心の持ち方が、何度も出てきます。
孔子自身が、思うように認められない人生を送っていたからです。
ここでは、孔子がどんな人生を送り、認められないことについて何を語ったのかを紹介します。
孔子も、生涯思うような地位には就けなかった
孔子は、自分の考えで国を良くしたいと願い、それを実現できる地位を求めていました。
しかし、その願いはなかなか叶いませんでした。
孔子は弟子たちと長い年月をかけて各地の国をめぐりましたが、考えを取り入れてくれる君主には、最後まで出会えなかったといわれています。
それでも孔子は、腐ることなく学び続け、弟子を育て続けました。
その孔子が残した言葉だからこそ、認められないときの心に深く届くのです。
「人の己を知らざるを患えず、人を知らざるを患う」
孔子は、こう語っています(学而篇)。
> 人の己を知らざるを患えず、人を知らざるを患う。
今の言葉にすると、こういう意味です。
人が自分のことをわかってくれないことを、嘆かなくていい。
自分が人のことをわかっていないことのほうを、気にかけなさい。
評価されないとき、私たちはつい「わかってもらえない」ことばかりを気にしてしまいます。
でも孔子は、気にかけるべきなのは、むしろ「自分は相手をわかっているか」のほうだと言うのです。
「人知らずして慍みず、亦君子ならずや」
『論語』の最初の章にも、こんな言葉があります(学而篇)。
> 人知らずして慍みず、亦君子ならずや。
人に認められなくても、不満に思わない。
それこそ、立派な人ではないか、という意味です。
認められない悔しさは、誰にでもあります。
ただ、悔しさにとらわれて腐ってしまうと、せっかくの頑張りまで止まってしまいます。
ここからは、孔子の言葉を、評価されないときに使える手順にして紹介していきます。
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頑張っても評価されないとき「評価する人を知る」ことで腐らずに続けられる

評価されないときに必要なのは、今まで以上に頑張ることではありません。
孔子の言葉のとおり、「評価する人を知る」ことです。
相手が何を大事にしているかがわかれば、頑張りの向きを合わせられます。
それでは、3つの手順に分けて紹介します。
手順1:評価する人が何を大事にしているかを知る
まず、評価する人が、仕事で何を大事にしているかを知ります。
・上司がよく褒めているのは、どんな仕事か
・上司がよく注意しているのは、どんなことか
・面談や会議で、上司が何度も口にしている言葉は何か
わからなければ、直接聞いてみるのも1つの方法です。
「どんなところを伸ばせば、もっと力になれますか」という聞き方なら、前向きな質問として受け止めてもらいやすいものです。
手順2:自分の頑張りを、相手が大事にしていることにつなげて伝える
相手が大事にしていることがわかったら、自分の頑張りを、それにつなげて伝えます。
・スピードを大事にする上司なら、「準備を丁寧にした分、本番の作業が早く終わりました」
・チームワークを大事にする上司なら、「〇〇さんの作業を手伝ったので、全体が予定通り進みました」
頑張りの中身は同じでも、伝え方を変えるだけで、相手の目に届きやすくなります。
見えないところの頑張りも、相手の言葉に置き換えれば、きちんと評価の対象になるのです。
手順3:変えられない部分は、気にしすぎない
相手を知ろうとしても、どうしても評価の基準が合わない相手もいます。
・好き嫌いで評価しているように見える
・何を伝えても、受け止めてもらえない
そんなときは、相手の評価を変えることに、気持ちを使いすぎないことです。
孔子の言うとおり、認められないことに不満を抱き続けるより、自分にできることに力を向けたほうが、結果として自分のためになります。
評価に振り回されないための、孔子のもう2つの言葉

評価する人を知り、伝え方を変えても、すぐに評価が変わるとは限りません。
評価を待つ間に、気持ちが揺れてしまう日もあるでしょう。
そんなときに支えになるのが、孔子が残したもう2つの言葉です。
どちらも、評価に振り回されずに頑張り続けるための考え方です。
認められることより、認められるに値する自分になる
孔子は、こうも語っています(里仁篇)。
> 己を知る莫きを患えず、知らるべきを為すを求む。
自分を知ってくれる人がいないことを嘆かなくていい。
人に知られるだけの値打ちのあることを、やろうとしなさい、という意味です。
評価は、相手が決めるもの。
でも、評価されるに値する仕事をするかどうかは、自分で決められます。
嘆くなら、評価されないことより、自分の力の足りなさを
孔子は、別の章でこうも語っています(憲問篇)。
> 人の己を知らざるを患えず、其の不能を患う。
人が自分をわかってくれないことを嘆かず、自分の力が足りないことを気にかけなさい、という意味です。
評価されないことを嘆いても、評価は変わりません。
でも、自分の力を伸ばすことは、今日からでも始められます。
伸ばした力は、評価する人が変わっても、職場が変わっても、自分の中に残り続けるのです。
まとめ:頑張っても評価されないときは「評価する人を知る」ことから始めてみよう!

最後に、この記事のポイントをまとめます。
頑張っても評価されないのは、頑張りと評価する人の見ている場所がずれているから
頑張りが見えていなかったり、頑張りの向きが相手の大事にしていることと違っていたりすると、評価にはつながりにくくなります。
評価されないのは、頑張りが足りないからではありません。
孔子は「人に知られないこと」より「人を知らないこと」を気にかけた
人が自分をわかってくれないことを嘆くより、自分が相手をわかっているかを気にかける。
生涯思うような地位に就けなかった孔子の言葉だからこそ、深く心に届きます。
評価する人を知り、頑張りを相手の言葉で伝え、変えられない部分は気にしすぎない
評価する人が大事にしていることを知る。
自分の頑張りを、相手が大事にしていることにつなげて伝える。
どうしても合わない部分は、気にしすぎない。
評価は相手が決めるものですが、評価されるに値する仕事をするかどうかは、自分で決められます。
あなたの頑張りが、きちんと届く日が来ることを、心から応援しています。
同じように仕事に悩むときに役立つ記事です。


『論語』を読んでみたいあなたへ
この記事で紹介した言葉は、どれも『論語』に収められています。
全文を訳した、訳者の違う2冊があります。
参考文献
- 『論語』学而篇「人不知而不慍,不亦君子乎」「不患人之不己知,患不知人也」、里仁篇「不患莫己知,求爲可知也」、憲問篇「不患人之不己知,患其不能也」(原文:Wikisource「論語(漢文叢書)」https://ja.wikisource.org/wiki/論語_(漢文叢書))
