仕事が楽しくないと感じたら「できるようになったこと」を数えれば楽しさが見つかる!孔子の対策を紹介
前は楽しかったはずの仕事が、最近はちっとも楽しくない。
毎日同じことの繰り返しで、気づけば時計ばかり見ている。
そんなふうに、仕事に楽しさを感じられなくなることはありませんか?
仕事が楽しくないと感じたら、1日の終わりに「できるようになったこと」を1つ数えることで、楽しさが見つかります。
なぜなら、仕事の楽しさは、仕事の中身よりも「自分が上達している実感」から生まれることが多いから。
実はこの考え方、約2500年前の中国の古典『論語』の、いちばん最初の言葉に書かれているもの。
孔子は、学んだことを繰り返し身につけていくことに、何よりの喜びを見つけていました。
その言葉が、仕事に楽しさを取り戻すための大きなヒントになります。
この記事を読むとわかること
- 仕事が楽しくないと感じるようになる理由
- 『論語』の最初に書かれた、学ぶことの喜び
- 「できるようになったこと」を数えて、仕事の楽しさを見つける方法
この記事を読めば、毎日の仕事の中に、自分なりの楽しさを見つけられるようになります。
仕事が楽しくないと感じるのは、上達している実感がなくなっているから

仕事が楽しくないと感じると、仕事の内容や職場のせいにしたくなります。
でも、楽しくないと感じる理由は、仕事の中身だけではありません。
多くの場合、仕事に慣れたことで「自分が上達している実感」がなくなっていることが、楽しくなくなった原因になっています。
上達の実感がなくなると、同じ仕事でも、ただの作業のように感じられてしまうのです。
ここでは、仕事が楽しくなくなっていく理由を見ていきます。
仕事に慣れるほど、上達が見えにくくなる
新しい仕事を始めたばかりの頃は、毎日が発見の連続です。
・昨日できなかったことが、今日はできた
・時間がかかっていた作業が、早く終わるようになった
・わからなかった言葉が、わかるようになった
この「できるようになった」という実感が、仕事の楽しさを生み出していました。
ところが、仕事に慣れてくると、できることが当たり前になり、上達が目に見えにくくなります。
楽しかった仕事が楽しくなくなったのは、仕事が変わったからではなく、上達の実感が薄れたからなのです。
楽しさを仕事の中身に求めると、見つからないことが多い
楽しくないと感じたとき、楽しさを仕事の外に求めたくなることがあります。
・もっと面白い仕事をしたい
・もっと気の合う人と働きたい
・もっと評価される職場に行きたい
どれも自然な気持ちです。
ただ、仕事の中身や周りの環境は、自分の思い通りには変えにくいもの。
楽しさを外側にばかり求めていると、いつまでたっても楽しさは見つからないのです。
では、楽しさはどこで見つければいいのか。
その答えが、約2500年前の『論語』の、いちばん最初に書かれています。
論語に学ぶ|孔子は「学んだことを繰り返し身につける」ことに喜びを見つけた

『論語』は、約2500年前の中国の思想家・孔子と、その弟子たちの言葉をまとめた本です。
その『論語』は、学ぶことの喜びについての言葉から始まります。
孔子が何よりも大切にしていたのが、学び、身につけていく喜びだったからです。
ここでは、『論語』の最初の言葉と、学ぶことを楽しんだ孔子の姿を紹介します。
『論語』は「学びて時に之を習う、亦説ばしからずや」から始まる
『論語』の最初の章は、孔子のこんな言葉から始まります(学而篇)。
> 学びて時に之を習う、亦説ばしからずや。
今の言葉にすると、こういう意味です。
学んだことを、折にふれて繰り返し身につけていく。
なんと喜ばしいことではないか。
ここでいう「習う」は、教わることではなく、繰り返し練習して自分のものにすることです。
知っているだけだったことが、繰り返すうちに自分の力になっていく。
孔子は、その過程そのものに喜びがあると考えていたのです。
孔子は、学ぶ楽しさで心配ごとを忘れるほどだった
孔子は、自分のことをこう語っています(述而篇)。
> 憤りを発しては食を忘れ、楽しみては以て憂いを忘れ、老いの将に至らんとするを知らず。
学ぼうと夢中になれば食事も忘れ、学ぶ楽しさで心配ごとも忘れ、年をとっていくのにも気づかない。
孔子は、自分をそういう人間だと言っていたのです。
孔子にとって、楽しさは外からやってくるものではありませんでした。
学び、身につけていく自分の中から生まれてくるものだったのです。
ここからは、孔子の考え方を、今の仕事で楽しさを見つけるための手順にして紹介していきます。
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仕事が楽しくないと感じたら「できるようになったこと」を数えれば楽しさが見つかる

仕事の楽しさを取り戻すために必要なのは、仕事を変えることではありません。
今の仕事の中で、自分が上達していることに気づくことです。
上達の実感が戻れば、同じ仕事でも、少しずつ楽しく感じられるようになります。
それでは、3つの手順に分けて紹介します。
手順1:1日の終わりに「できるようになったこと」を1つ書く
仕事が終わったら、その日に「できるようになったこと」を1つ書き出します。
・前より短い時間で、資料を作れた
・お客さんの質問に、迷わず答えられた
・新しいツールの使い方を、1つ覚えた
小さなことで十分です。
「できて当たり前」と思っていることの中にも、以前の自分にはできなかったことがきっとあります。
手順2:見つからない日は「次にできるようになりたいこと」を1つ決める
どうしても、できるようになったことが見つからない日もあります。
そんな日は、「次にできるようになりたいこと」を1つ決めます。
・明日は、メールを5分早く返せるようにしたい
・今週中に、先輩のやり方を1つ真似してみたい
・今月中に、新しい作業を1人でこなせるようになりたい
次の目標が1つあるだけで、明日の仕事が「ただの作業」から「練習の場」に変わります。
孔子の言う「習う」は、まさにこの繰り返しのことです。
手順3:1か月たったら、書いたものを見返す
1か月ほど続けたら、書きためたものを見返します。
1日ごとには小さなことでも、並べてみると、思っていた以上にできることが増えているはずです。
「こんなにできるようになっていたのか」という気づきが、仕事の楽しさを取り戻すきっかけになります。
楽しさを自分の中で育てるための、ローマの哲学者セネカの考え方

「できるようになったこと」を数えても、すぐに毎日が楽しくなるわけではありません。
楽しさは、少しずつ自分の中で育っていくものです。
そんな楽しさの育て方について、約1950年前のローマの哲学者セネカも、孔子とよく似たことを書き残しています。
ここでは、セネカが友人に宛てた手紙の言葉を2つ紹介します。
「何よりもまず、喜びを感じる方法を学びなさい」
セネカは、友人に宛てた手紙の中で、こう書いています(訳は筆者によるもの)。
> 何よりもまず、喜びを感じる方法を学びなさい。
さらにセネカは、喜びは自分の家の中で生まれてほしい、そして喜びは、自分の内側にありさえすれば、そこで生まれるのだ、と続けています。
楽しさや喜びは、誰かが外から運んできてくれるものではない。
自分の内側で生まれるものだから、感じ方を学ぶことができる、というのです。
本当の喜びは、深く入っていくほど姿を見せる
セネカは、同じ手紙の中で、本当の喜びについてこうも書いています。
本当の喜びはしっかりとしたもので、深く入っていくほど、その姿をはっきりと見せてくれる、と。
仕事の楽しさも、同じかもしれません。
表面だけをなぞっているうちは、どんな仕事も退屈に感じられます。
でも、1つの仕事に深く取り組んでいくほど、工夫する面白さや、上達する喜びが見えてくるのです。
まとめ:仕事が楽しくないと感じたら「できるようになったこと」を数えてみよう!

最後に、この記事のポイントをまとめます。
仕事が楽しくないと感じるのは、上達している実感がなくなっているから
仕事に慣れるほど、できることが当たり前になり、上達が見えにくくなります。
楽しさを仕事の中身や職場にばかり求めていると、楽しさはなかなか見つかりません。
孔子は「学んだことを繰り返し身につける」ことに喜びを見つけた
『論語』は、「学びて時に之を習う、亦説ばしからずや」という言葉から始まります。
孔子にとって楽しさは、学び、身につけていく自分の中から生まれるものでした。
できるようになったことを毎日1つ書き、1か月後に見返す
できるようになったことを、1日1つ書く。
見つからない日は、次にできるようになりたいことを決める。
1か月たったら、書きためたものを見返す。
楽しさは、外から与えられるのを待つものではなく、自分の中で育てていくものです。
あなたが、毎日の仕事の中に自分なりの楽しさを見つけられることを、心から応援しています。
同じように仕事に悩むときに役立つ記事です。


『論語』を読んでみたいあなたへ
この記事で紹介した言葉は、どれも『論語』に収められています。
全文を訳した、訳者の違う2冊があります。
参考文献
- 『論語』学而篇「學而時習之,不亦說乎」、述而篇「發憤忘食,樂以忘憂,不知老之將至」(原文:Wikisource「論語(漢文叢書)」https://ja.wikisource.org/wiki/論語_(漢文叢書))
- セネカ『倫理書簡集』第23書簡 第3〜5節(英訳:Richard Mott Gummere 訳、Wikisource https://en.wikisource.org/wiki/Moral_letters_to_Lucilius/Letter_23)
